【コラム】第3回 読むだけでわかるレスポンシブWebデザイン講座

第3回 Web標準化の歴史


オープンガバメントコンソーシアム 顧問 木寺祥友


レスポンシブWebデザインのこれからを知ることは今までのWebの歴史を振り返ることでもある。

みなさんもご存じのように、コンピュータの歴史はインターネットによって劇的に変わったといっても過言ではない。ハードウェア依存だったコンピュータはウインドウズによってハードウェア依存から脱却を果たしたが、ブラウザーさえあればハードウェア、OSに依存しないというWeb革命は今までのコンピュータ業界にとってOSさえも不要にした出来事であった。

その変革の先頭に立ったのがサン・マイクロシステムズのJavaである。

Javaによってハードウェア依存、OS依存をなくし “Write once, run anywhere” 1回書けばどのマシンでも走るということを実現させた。私はこのJavaを日本ではじめてプログラミングしたひとりであるが、1回書けばどのマシンでも走るということはプラグラマーにとって夢のまた夢であった。

フロントエンドとしてはじまったJavaであったが、当時はウインドウズ全盛でビジュアルベーシックで書けばどのウインドウズマシンでも走るという状況であった。
サン・マイクロシステムズはJavaのアプレットとブラウザーを使ってOS依存をなくしWeb標準化をはかろうと試みたが、マイクロソフトやHPなどの主導権争いによってJavaにも色々な方言ができてしまったのである。

Javaによる標準化は見送られ、実質的にHTMLが標準になり、ネットスケープが開発したJavaScriptがHTMLの拡張言語のような役割を果たしJavaアプレットはその座を奪われてしまった。JavaScriptによってJavaアプレットは葬り去られてしまったのである。

しかし、皮肉にもフロントエンドがブラウザーであることには変わりはなく、サーバーの重要性が益々必要になり、Javaのフロント技術をバックエンドに持っていったことにより、Javaサーブレットは一躍バックエンド技術の花形になった。標準化に邁進したJavaはようやくバックエンドで花開いたのである。

このことは、Web標準化の歴史のHTML5、レスポンシブWebデザインにとって布石になる出来事であった。一回書けばどのマシンでも動くという思想はコンピュータ業界の長年の夢である。
(2013/7/5)

次回、レスポンシブWebデザインの事例
 
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◎シリーズ予定
第1回 HTML5への期待
第2回 レスポンシブWebデザインとは
第3回 Web標準化の歴史
第4回 レスポンシブWebデザインの事例
第5回 レスポンシブWebデザインの課題
第6回 レスポンシブWebデザインの未来

 

2木寺祥友(きでら・よしとも)
株式会社エル・カミノ・リアル(http://www.ecreal.co.jp/pc/top/index.html) 代表
パソコン黎明期よりIT業界へ足を踏み入れ、1995年日本初のJavaプロジェクトにかかわり日本人としてはじめてJavaをプログラムする。サン・マイクロシステムズの協力により『Javaを創った人々』を執筆。2001年、携帯電話にJavaが搭載されることを機にNTTドコモiアプリのプラットフォーム作りに携わる。2006年ラスベガスで開催されたCTIAで講演。著書『アンドロイド・ジャパン ―日本企業の命運を握るプラットフォーム―』『Javaを創った人々』『マックユーザーのための目標ナビゲーション』『川柳で覚えるビデオ撮影術』『今すぐできるiアプリプログラミング』

 

 

 



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