ヒューマンセントリックな情報活用の実現に向けて
新たなデータ流通の仕組みづくりを進めよう
モバイルデバイスや新たな情報テクノロジーの登場によって、世の中には日々、無数のデジタルデータが生成され、増え続けている。これらをどのように活用し、高度IT社会を実現するかは、わが国にとって最重要課題の一つだ。だがそれには、データ流通・活用に関わる法制度の整備や仕組みづくりなどの課題をクリアしていかなくてはならない。では具体的に何が必要なのか。産官学それぞれの立場から、現在の取り組みや展望を語っていただいた。
情報から価値を引き出すデータ流通の仕組みづくりを
モデレータの中村氏は冒頭、「私自身、5年間にわたってデータを中心にした街づくりに取り組んできましたが、なかなか進捗を見ることができません。世界では急速にデータ活用が進んでいるのに、日本だけは活用するよりもむしろ守る方向に向いています」と、わが国の現在のデータ流通・活用の遅れを指摘する。同氏によれば、すでに海外ではデータを官民の協力のもと活用する仕組みを構築し、大きな成果を挙げている例も少なくない。たとえばデンマークやスウェーデンには「メディカルコンバージェンスバレー」と呼ばれる、産官学連携による地域医療共同体的な取り組みがある。ここではHER(生涯健康医療電子記録)を始めとしたITインフラを整備し、情報をオープン化した結果、両国のGDPの20%を占める医療健康産業クラスターが実現しているという。
「この基盤となっているのは、国民と国との信頼関係です。国にデータを預けることでビジネスが起こり、医療が進み、結果、自分たちの生活が豊かになると国民が理解している。これを日本で実現するには、どうしたらよいかが問われています」(中村氏)。
こうしたデータ流通・活用の仕組みづくりに、ビジネスとして早くからチャレンジしてきたのが真野氏だ。同氏がCEOを務めるEverySense, Inc.では、「IoTデータ流通マーケットプレイス」というサービスを展開している。真野氏は、「IoTを使えば、膨大なデータが収集可能になります。しかしそのビッグデータを、各々の分野や企業・組織の中に抱え込んでいては意味がありません。お互いにオープンにして活用することで、初めてデータから新しい価値が生まれます。そのためのデータの流通・交換の仕組みが、このマーケットプレイスなのです」と説明する。
こうしたIoTのデータには、当然個人によって生成されるデータも含まれる。個人情報の収集に当たっては、「自分の知らない間に情報を取られ、使われてしまうという不安」、そして「自分から生まれた情報なのに、それを使って生まれた利益が自分に還元されない」という、人々が抱く「不安と不満」を解消する取り組みが欠かせないと、真野氏は付け加える。
「もう一つ重要なのは、個人の情報のコントロール権です。どこが情報を持っていようが、その扱いを自分の権利として主張でき、かつ守られる保証がなければ、誰も積極的にデータを提供したり、利用を委ねようとは考えないからです」(真野氏)。
IT企業との協業でカード顧客情報活用の可能性を研究
民間企業では、すでにさまざまなデータ活用へのチャレンジが行われている。ひときわめざましい取り組みを進めているのが、磯部氏がデータマーケティング責任者を務めるクレディセゾンだ。同社では、2016年5月にデジタルガレージと共同で、プライベート データマネジメント プラットフォーム「セゾンDMP」を構築した。これはクレディセゾンが保有するカード会員の属性データや利用データなどを統合し、データ解析結果をもとに、ネット会員向けに最適化された情報配信を行おうというデジタルマーケティングの試みだ。
続く同年7月には、デジタルガレージ、カカクコムと三社共同で、オープンイノベーション型の研究開発組織「DG Lab」を立ち上げ、2020年までを第1フェイズとして、グローバル規模でのビジネスに直結する研究成果を目指している。
「当社の中期経営計画ビジョンの中にも、インターネットおよびネットビジネスが重点施策として位置付けられています。具体的には、各ビジネス領域でのITやAI、ビッグデータ活用による新たな成果の応用です。またそのためのソフトとして、オープンイノベーションを推進していきます」と語る磯部氏は、今後はスタートアップとの提携・協業や、フィンテックに限定することなくリテールデータなども広く対象としていくという。
クレディセゾンの顧客はほとんどが個人だが、データをもとに案内などを送ることに、顧客からの抵抗感はきわめて少ない。磯部氏は、「あまりに露骨なレコメンドなどは、やはりお客様に不快感を与えてしまいます。データを使わせていただくことで、お客様にこういういいことがありますよというのが、はっきりと伝わるようなアプローチを心がけています。個人データの活用に際しては、コミュニケーションの側面から考えることも大切ではないでしょうか」と示唆する。
地理空間情報を集約して全国の利用者にワンストップで提供
一方、学術分野での取り組みの一例として、関本氏がG空間情報センターの活動を報告した。同センターは2016年11月に運用が開始され、官民のさまざまな機関や団体・組織から提供された地理空間情報を集約し、利用者がワンストップで検索・ダウンロードできるプラットフォームを提供している。わが国におけるIoTやビッグデータ活用の、重要な利活用インフラの一つだ。
これまで自治体のデータは地域ごとに利用規定やデータ仕様が違うため、活用が進まない傾向があった。センターとしてのデータ利活用促進の取り組みを問う中村氏に、関本氏は集約・提供の一元化による効果が早くも現れていると語る。たとえば従来は、中央防災会議等でのシミュレーションデータを内閣府から提供する場合なども、各方面から依頼がある度に担当者がCD-ROMなどに焼いて送っていたという。
「省庁側の負荷も大きいし、利用者の待ち時間も避けられない。それがG空間情報センターの発足により、問い合わせも提供窓口もワンストップになり、国民へのデータ提供の効率がかなり上がったと考えています」(関本氏)。
関本氏は、デジタルデータとインターネットの組み合わせによって、今後はさらに利用環境が改善されるとみている。
「データ利活用関連の法律も整備が進んできたので、容量の少ないデータならばオープンデータとして自治体のWebサイトから直接公開するといったことも将来的には可能でしょう。航空写真などの重たいデータでも、技術面さえクリアすれば、公開自体はそう難しくありません。こうした成功例を各地域で重ねていき、それを見た他の自治体が後に続くケースも出てきています」(関本氏)。
官民データ活用のさらなる環境づくりに向けて共に努力を
山路氏は、政府としてデータ流通基盤の整備に取り組む上で、個人が自分のデータを自らの意思で管理できる仕組みづくりが必要だと強調する。データ活用による便益を社会全体と個々人が享受できるようにするためには、政府や公共団体が保有・公開するいわゆるオープンデータだけでなく、パーソナルデータも流通・活用することが必要だ。だが、1章の真野氏の指摘にもあるように、個人自身がデータを把握できない不安やデメリットが、わが国におけるデータ流通を妨げているという。
「個人が安心して自らのデータを蓄積・活用できる、信頼性の高い仕組みが必要です。具体的なイメージとしては、たとえば個人情報管理ツールである『PDS(パーソナルデータストア)』や、ある程度管理を第三者に委ねる『情報銀行』。またデータを持っている人と使いたい人の仲立ちをする『データ取引市場』のようなものが有効と考えられます」(山路氏)。
山路氏によれば、政府では2017年2月24日に、PDS等の仕組みに関し、ワーキンググループとしての中間取りまとめを議論。さらに3月中旬までには検討会としての結論を出すことが決まっている。その成果をもとに、官民データ活用推進基本法に基づいて国としての計画を作成し、積極的に官民のデータが活用される環境の整備に努めていく考えだ。
官民データ活用推進基本法の公布・施行により、自治体を含めてオープンデータやパーソナルデータ活用の機運が高まりつつあると言う山路氏。これを受けて中村氏は、「ヒューマンセントリックな情報活用を実現するには、そうした法令やプラットフォームにしっかりと支えられた新たなデータ流通の仕組みが不可欠です。私たちも今後の整備、発展に向けて精一杯力を尽くすことを望んでいます」と抱負を語り、ディスカッションを締めくくった。
(ライター・工藤 淳)
OGCシンポジウム2017(2017年2月20日(月)/東京・永田町)
パネルディスカッション「データ流通時代の幕開け~データによる価値創造」
<パネリスト>(五十音順)
磯部泰之氏:株式会社クレディセゾン ネット事業部 データマーケティング部長
関本義秀氏:東京大学生産技術研究所 准教授、一般社団法人 社会基盤情報流通推進協議会(AIGID) 代表理事
真野 浩氏:EverySense, Inc. CEO/エブリセンスジャパン株式会社 代表取締役 CTO
山路栄作氏:内閣官房 情報通信技術(IT)総合戦略室 内閣参事官
<モデレータ>
中村彰二朗氏:OGC代表理事、アクセンチュア 福島イノベーションセンター長