2015年2月2日、OGCは「OGCシンポジウム2015・魅力あふれる地方創生を目指して~ITに何ができるか」を日比谷図書文化館で開催しました。本稿では、シンポジウムのセッションキーノートならびにパネルディスカッション「医療分野における番号制度の活用」をレポートします。
病院や診療所などの医療機関同士をつなぐ患者やカルテ情報の連携、そこに介護施設などを加えた地域医療・介護連携は、我が国における医師不足の解消、医療機関の機能分担につながります。さらに一人ひとりに適した予防的医療やケアの提供、社会保障費を押し上げる医療費の削減などの側面も期待されています。ところが、その進展は決して十分とはいえません。パネルディスカッションでは、その課題と解決に向けた方向性を探りました。
■医療連携を促すには連携するデータの標準化や医療関係者へのインセンティブの向上が必要
キーノートセッションに立った、厚生労働省大臣官房参事官(情報政策担当)の鯨井佳則氏は、我が国の医療機関におけるIT化と医療情報連携ネットワークの動向を説明しました。2000年以降、医療機関には電子カルテシステム等が浸透し、レセプトオンラインの普及率は7割を超えています。また、内閣官房の調査によると、電子化されたデータを地域の病院や診療所で共有・活用する地域医療連携ネットワークもすでに全国で約160件が誕生しています。
鯨井氏は、「この問題には誤解が多い。マイナンバーを医療に導入すれば、直ちに医療情報の共有化が図られ医療が効率化されると考えている人もいるが、医療情報の共有化には、医療機関のシステム改修やネットワーク環境の整備などインフラ整備が欠かせない。中でも最大の課題は医療データの標準化が不十分なために、データを相互利用しにくいことだ。番号制度は、大量の個人情報を紐づけるための手段に過ぎず、こうしたインフラの問題が番号制度で解決されるわけではない」と指摘しました。
マイナンバー法の正式名称は、『行政手続きにおける特定の個人を識別するための番号等に関する法律』といいます。法律名が示す通り、行政機関が行政手続に利用することが想定されており、医療機関間連携のような民間利用を前提とした法体系ではありません。
「民間利用を促すにはさらなる法整備の議論が必要だ。とはいえ、現行法の枠組みの中でマイナンバーを活用し、医療分野に利用範囲を拡大するものがある」と鯨井氏は述べ、「予防接種の履歴管理」「保険者間の健診データの連携」「医療保険のオンラインでの資格確認」の3つを例に挙げました。「1つめの予防接種履歴については市町村の間で情報共有すれば、転居した場合にも、過去の接種回数等に応じた適切な接種勧奨が可能になる。2つめの特定健診情報は保険者間でこれを共有できれば、転職等で加入する医療保険が変わった場合にも、過去の健診結果に基づいた継続的な保健指導が可能になる。3つめのオンライン資格確認では、医療機関の窓口で瞬時に保険資格が確認できるようになると、資格過誤によるレセプト返戻の防止という事務コスト削減だけでなく、未収金問題の解決にもつながる。このオンライン資格確認のシステムでは、バックヤードではマイナンバーで紐づけた保険者の資格情報を保有させ、これを基に医療機関へ正しい資格情報を返すことになる。この際に一意性のある符号・番号を付けて返せると、患者を特定する基盤ができることになる。オンライン資格確認の具体的な制度設計は、今後、関係者の意見を聞いて詰めていくことになるが、日本は国民皆保険なので、医療機関間連携などにも活用できる余地は十分にあると考えている」と鯨井氏は述べました。
一方、医療機関におけるIT化や医療情報連携ネットワークの進展は、必ずしも順風満帆とはいえません。
キーノートセッションに続くパネルディスカッションでは、茨城県 企画部情報化統括監(CIO)非常勤・特別職の前田正文氏が、取り組みの状況を説明しました。前田氏は、茨城県下で複数の県立病院の電子カルテ情報を共有するプロジェクトを推進しています。
「茨城県では3つの県立病院が、電子カルテなどのデータを連携させようと努めている。例えば、つくば市地域の事例ではあるが、小児科で診察・治療した患者の喘息の発症時間、症状について医師、患者、かかりつけ医で共有・活用している。こうしたPHR(Personal Health Record)を用いた診療を実現には、電子カルテなどのソフトウェアで扱うデータ仕様の標準化と普及が不可欠だ。しかし、提供するベンダー毎に仕様が異なり、かつ詳細が公開されていないために、A病院とB病院で電子カルテのデータを連携できないという現状がある」(前田氏)とITベンダー間およびツールにおける仕様標準化の重要性を指摘しました。
法律上の問題もあります。医療事業者と介護事業者が情報を共有して、市民の生活を支援する試みもなされていますが、「医療のデータを介護の事業者に渡してよいのか、現行の法律では問題点もある。もしくは、自治体の条例を変える必要がある」と前田氏は説明しました。
茨城県のような医療連携ネットワークは全国で161箇所あります。しかし、そのほとんどが実証事業や補助事業で誕生したプロジェクトであるため、プロジェクトが終了し、3年ほどで補助金の支給が打ち切られるとネットワークの活動を継続できない、という課題に直面しています。
OGC会員でネットワンシステムズ株式会社 情報セキュリティ担当フェローの山崎文明氏は、「医療連携が進まないのは、病院側のインセンティブがはっきりしないことがその背景にある。日本医師会の資料によれば一般に医療連携システムのランニングコストは年間約2,000万円かかり、病院側の経営負担になる。成功例もあるが、情熱ある医師などの個人的な努力や献身に支えられていることが少なくない」と指摘します。
特に、電子カルテシステムやオーダリングシステムの普及率が3割に満たない、200床以下の診療所や開業医が医療連携を断念・離脱する傾向がうかがえます。
OGCのメディカルコンバージェンス部会(※)でリーダーを務める長谷部孝彦氏は、医療機関の離脱により、せっかくつながり始めた地域連携パスが途切れることを危惧しています。
「救急車で駆けつけられる二次医療圏に属する中核病院、診療所、薬局、介護施設の間で、少なくとも情報連携させて地域連携パスを構築すること。これが救急医療、在宅医療におけるケアにおいては重要だ。災害時でもDRサイトにデータを退避させておけば、仮に担当する医師が死亡しても全国の医療機関で診療を継続できる。さらに、個人情報を適切にマスキングしながらデータを戦略的に活用することで画期的な医療技術や創薬などの研究開発の進展が期待される」と述べました。
■番号制度はより円滑な医療連携に生きてくる
国民、そして医療関係者が医療・介護を取り巻く構造的な変化を認識し、対応することも重要です。
長谷部氏は、「病名の分類ごとに包括評価入院期間が決められるDPC(包括医療費支払い制度方式)に基づく方針では、患者を早期に退院させる医療が求められている。その結果、『うちの病院ではなく、あちらの病院で入通院するほうがよい』と逆紹介する医療機関、または高度な医療技術を要する難しい患者さんを重点的に治療したいと考える医療機関も出始めている。近隣の診療所の医師を集めて情報交換や勉強会を行う熱心な病院も一部にある。餅は餅屋で機能を分担し連携すれば、医療機関にとってもメリットがある」と長谷部氏は述べました。
ただし、検査料収入に依存している病院にとっては、医療連携によって検査料収入が減ることが懸念されています。検査料が減れば、CTやMRIなどの医療機器のリース代を払う原資がなくなります。そのために医療連携に踏み切れないという台所事情もあります。
鯨井氏は「医療機関が保有するCTスキャンやMRIの台数は患者一人当たりで日本は世界トップクラス。中核病院で検査を受けてもらって、専門医の鑑定意見をつけて診療所に結果を返してもらう病診連携のネットワークが行われている。診療所で高額な検査機器を導入するよりも効率的な医療が行える上に、患者の安心感にもつながる」と指摘しました。
患者側も「地域の大きな中核病院が安心だから」と大病院への入通院を好みがちですが、医療連携による機能分担によって診療や介護における選択肢が増えていることを認識する必要があります。かかりつけ医などの見識を活用することが、医療連携の促進につながるといえるでしょう。
こうした医療連携が持続的に成り立つ上で、番号制度(マイナンバー)の果たす役割も注目されます。
鯨井氏は、「長期追跡性のある番号を医療に活用することは重要な要素だが、番号制度は魔法の杖ではない。インフラ整備や標準化など地道な取り組みが欠かせない。また、マイナンバー制度では、12桁の『見える番号』ではなく、住民票コードから派生させた符号を用いて情報連携をしている。この符号管理の仕組みを医療に応用すれば、マイナンバーの付いた税務情報など他の情報とこれら医療情報とを厳密に遮断することも可能だ。マイナンバーのインフラを最大限活用したい」と述べました。
長谷部氏は、「人工透析患者には年間で一人当たり500万円の医療費がかかると言われる。マイナンバーや医療機関のネットワークを活用し、健康増進などに力を入れることで、こうした医療費を削減できる可能性がある」と述べ、山崎氏は「番号制度におけるトークナイズ(符号化)などでさらなる検討は必要だが、マイナンバーと別に医療用の番号を新設・付与するのは重複投資になるだろう。いずれにしても番号制度を医療連携に活用しなければ、日本の将来に禍根を残す」と力を込めました。
モデレータのインプレス編集主幹田口潤氏は「国全体で見ると医療費は上昇し続けている。しかし、それを医療連携で抑えることができれば、浮いたコストを医療連携に向けたさらなる原資として活用する好循環につながる可能性もありそうだ。病歴と生活習慣に関する膨大なデータ(匿名化されたビッグデータ)を活用すれば、どういう生活習慣の人がどういう病気になりやすいかが分かり、予防に活用できるという可能性もある。同時に、我々は3.11での教訓を生かされているかを問われている。今後も大地震が起こる可能性がある以上、平時だけでなく、災害時の医療対策という観点からも取り組みを急ぐ必要がある」と、医療・介護連携推進の加速を求めました。
※)特定健診のデータを活用して、市民、主に高齢者の健康に資する施策を立てる上で有用な分析ツールの提供を事業の骨子とする分科会
(文責・柏崎吉一/エクリュ)
■登壇者(敬称略)
[セッションキーノート]
鯨井佳則 厚生労働省大臣官房参事官(情報政策担当)
前田正文
茨城県 企画部情報化統括監(CIO)非常勤・特別職
長谷部孝彦
OGC副代表理事、日本オラクル株式会社 公共営業統括本部 シニアディレクター
山崎文明
OGC会員、ネットワンシステムズ株式会社 情報セキュリティ担当フェロー