「地域に求められる行政サービスとは?」をテーマに
人々の暮らしをより良くするためのデジタル化を目指そう!
社会全体にデジタル活用の機運が高まる中、行政においてもスマートシティ等の政策が次々に打ち出されている。だが「地域経済活性化」、「住みやすい街づくり」、「協同による助け合い」といったテーマも、政策の意図が住民に正確に伝わり、主体的な参加を得られなければ成果は望めない。地域住民の参加を促すためのツールとして、各自治体や研究機関ではどのようなデジタル活用の取り組みを進めているのか。最新の動向を語っていただいた。
地域の人々の政策理解がスマート化への住民参加のカギ
セッションに先だってモデレータの中村氏は、みずからが7年間にわたって取り組んできた会津若松における行政のスマート化を振り返り、「3年前にデジタルポータルサイト『会津若松+(プラス)』がスタートして、現在のアクセス数は約2万人と、地域の情報プラットフォームとしての存在感を確立しつつあります」と現状での成果を語る。一方、地域のスマート化における今後の課題としては、参加率をいかに上げるかが重要なテーマだ。こうした地域ポータルの利用率はヨーロッパなどでは非常に高く、ドイツでは住民の約30%が活用しているという。
「しかしわが国では高くても5%程度にとどまっており、行政の側ががんばっても地域の人々に政策のねらいやメリットを理解してもらえなければ、情報インフラとしての活用は期待できません。この場では、皆さんがそれぞれの取り組みを通じて得た成果や知見をぜひお聞かせいただきたいと思います」と中村氏は呼びかけた。
未来のトレンド発信地・渋谷を目指したプロジェクトを推進
自治体の取り組み例として初めに登場した渋谷区長の長谷部健氏は、渋谷の方向性についての思いを紹介した。これは渋谷駅を中心とした新しいまちづくり構想であり、さまざまなデジタルテクノロジーを活用した行政サービスを盛り込んでいるのが大きな特徴だ。
「若者が集まりITやソーシャル系企業の多い渋谷は、東京のカルチャーの牽引役となれると自負しています。デジタル技術とこの街に集まる多くのデータを活用して、トレンドの発信地として未来都市への発展を目指したい。また一方で、新たなデジタルビジネスを生み出す“インキュベーションシティ渋谷”としての存在感を確立したいと考えています。」
この構想には、さまざまなデジタル技術が活かされている。たとえばIoTサービスを地域内に提供する「5Gインターネット先進エリア」。また「次世代デジタルサイネージ」ではビルの壁面をスクリーンに東京オリンピックパラリンピックのパブリックビューイングや、広域災害時の情報提供メディアとしての活用を目指している。
さらにインキュベーションシティ渋谷としては、ブロックチェーン技術を応用した地域通貨「ビットマネー渋谷」や、AR(拡張現実)によるレストラン検索やストリートファッションショーなど、最先端のデジタル技術を応用した街ぐるみのデジタル化構想を掲げている。
「将来的には、起業家を育てるインキュベーションセンター運営などの人材育成を通じて、アジアのテクノロジーハブとしての地位を占めたいと願っています。」
四国の中枢都市として日本では初となるデータ連携基盤を導入
地方からは四国・高松市で進んでいる「スマートシティ たかまつ プロジェクト」の取り組みを、高松市 総務局次長(政策担当) 広瀬一朗氏が報告した。
「高松は四国でも有数の都市であり、人口は約41万8000人。香川県の県庁所在地であり、四国の中枢管理都市として『活力にあふれ、創造性豊かな瀬戸の都・高松』の実現を目指して、平成29年度からこのプロジェクトが始まりました。初年度は防災・観光分野でのデータ利活用、続く30年度は福祉・交通分野などでのデータ利活用を進めています」。
ここ数年、高松では ①人口減少 ②高齢化率の上昇 ③都市の拡散が進み行政コストが増加 といった課題が浮上していた。それに対して同プロジェクトでは、「コンパクトシティ=ハードウェア面での取り組み」と「スマートシティ=ソフトウェア(データ)面での施策」の2つの重点施策を掲げており、今回は後者の成果が報告された。
中でも注目は、スマートシティ基盤となるソフトウェア「FIWARE」(ファイウェア)によるIoT共通プラットフォーム(データ連携基盤)を構築。産学民官で構成された「スマートシティたかまつ推進協議会」と連携しながら、データ利活用による地域課題の解決を推進する取り組みを現在進めていることだ。この「FIWARE」はEUの次世代インターネット官民連携プログラムで開発されたもので、国内では高松市が初めての導入事例となったと広瀬氏は語る。
「『FIWARE』をIoT基盤、そしてスマートシティ推進協議会を人の基盤として、この2つをプロジェクトの両輪として進める体制がようやく整ったところです。これからはプロジェクトのコンセプトを市民により解りやすく見せる取り組みを通じて、基盤を活用してもらうための意識醸成にも注力していきたいと考えています」。
これからの時代はデータ エビデンスに基づく政策が不可欠
渋谷区、高松市の発表事例では、行政が地域の特性や課題、地域ニーズなどを的確にとらえ、それぞれに最適なインフラやソリューションを選択したことが成果につながったことが伺われる。では全国の他の自治体や行政がみずからのデジタル化、スマートシティ化に取り組む際に、どうやって地域や住民のニーズを正確に把握したらよいのだろうか。OGC会長であり東京大学教授としてそうした問題に取り組んできた須藤 修氏は、「今後はデータ エビデンスに基づく政策が必要だ」と強調する。
須藤氏は、千葉市と東京大学によるビッグデータに関する共同研究を2014年から進めてきた。千葉市は毎年3500億円の医療・介護費用を支出しており、これが財政を大きく圧迫してきた。そこで予防医療を通じた医療・介護費用の抑制と適正化を目指し、この共同研究に着手したという。
「研究では、千葉市の国勢調査結果や特定健診・保健指導、国保データベースなどのデータを分析した。この結果、アルツハイマー型認知症が増えている背景に腎臓・肝臓疾患があることを突き止め、具体的な予防対策を取ることが可能になった」。
こうした事実を把握するには多様かつ大量の地域データが不可欠であり、その収集・分析・活用は地域自治体や医療機関、企業の連携があって初めて実現できると須藤氏は指摘した。
また一方で須藤氏は、AIの進化によって雇用の形態が大きく変わることは確実であり、それに対する施策として、「すでにヨーロッパでは研究が始まっているベーシックインカムなどの検討も始めなくてはならない」と語り、デジタル化がもたらす社会の変化に対する行政の取り組みが急務であることを示唆した。
「最先端の田舎暮らし」がこれからの地域IT活用のヒント
セッション終盤では、OGC理事であり、株式会社チェンジ 執行役員 Analytics & IoT担当としてデータ分析の研究・活用に取り組んでいる高橋範光氏から、「OGC 高度IT人材育成分科会」の活動について報告があった。同分科会では、現在、行政・自治体のデジタル変革による生産性向上にむけた人材の育成をテーマに、RESAS(地域経済分析システム)、EBPM(エビデンスベースの政策策定)といった中央省庁の取組み支援や関連団体との情報交換等にも力を注いでいるという。
「OGCではRESASの実際の活用に関して、三重県の取り組みを支援する活動を行いました。この他にも、データ活用に積極的な地方自治体への教育支援や、高度IT人材育成の仕組み拡大に向けた産学連携によるローカル パートナー展開などを検討しています」。
パネルディスカッションに移ってからは、それぞれの発表内容を踏まえた活発な議論が行われた。渋谷区と高松市の取り組みを比較した上で中村氏が、「都市部と地方では、デジタルツールの利活用にもおのずと違いが出てくるのではないか」と尋ねたのに対して、長谷部氏は「基盤となるテクノロジーは同じでも、地域によって求められるものが異なってくる。それをきちんと理解して取り込まなくてはいけない。最新のテクノロジーを活用して、地域ごとに求められる快適な生活環境を実現する。すなわち『最先端の田舎暮らし』というのが、これからのITのあり方の1つではないかと考えている。」と回答。今後取り組んでいくべきテーマが、何よりも「まず利用者ありきのIT利活用と、その成果としての生産性革命」であることを出席者が改めて確認しあう中、ディスカッションを終了した。
(ライター・工藤 淳)
OGCシンポジウム2018(2018年5月14日(月)/東京・永田町)
パネルディスカッション「地域と行政のデジタル化による生産性革命」
<パネリスト> (五十音順)
須藤 修氏:OGC会長、東京大学教授
高橋範光氏:OGC理事 株式会社チェンジ 執行役員 Analytics & IoT
長谷部健氏:渋谷区長
広瀬一朗氏:高松市 総務局次長(政策担当)
<モデレータ>
中村彰二朗氏:OGC代表理事、アクセンチュア株式会社 福島イノベーションセンター長