ロボットを人間社会に組み込んでいくカギは
「安全・リスク・コスト」を最適化するマネジメント
パネルディスカッション『安心・安全にロボットを活用するためには』
【パネリスト】
・東京大学 名誉教授 佐藤 知正 氏
・愛知県 産業労働部 産業振興課 次世代産業室 室長補佐 都筑 秀典 氏
・会津大学 復興支援センター 教授 屋代 眞 氏
・日本電気株式会社 セキュリティ・ネットワーク事業部 主席技術主幹 松田 次博 氏
・OGC理事/AI・ロボット分科会 主査/TIS 株式会社 戦略技術センター長 油谷 実紀 氏
【モデレータ】
三井住友海上火災保険株式会社 公務開発部 上席課長 北河 博康 氏
スマートシティ政策では、住みやすい街づくりや住民サービスの質の向上、街の運営効率化などを掲げた取組みが推進されている。そうした中、これまで主に産業分野で利用されてきたロボットが、私たちの生活のさまざまな場面で活躍するには、安全のためのルール作りや技術開発が欠かせない。パネルディスカッション「安心・安全にロボットを活用するためには」では、人とロボットが共存するために求められる考え方や具体的な取組みについて、シンポジウムの参加者の皆さんに、それぞれの立場から語っていただいた。
ロボットの普及には「いかに使いこなすか」の知見が必要
最初のテーマは、「社会実装に向けたポイント」だ。ロボット技術は年々目覚しい進化を遂げているが、それを人間の生活の中に活用していくには、社会的な規範や運用のための具体的なルールが不可欠だ。
佐藤氏は「機械の技術そのものがいくら進歩しても、ロボットはそれを使いこなす人がいないとなかなか普及しません。日本の自動車メーカーや電機メーカーは、将来の人手不足をいち早く見越し、それを補うために一所懸命に使いこなそうと努力してきました。これが、わが国の産業用ロボットの普及を1980年をロボット元年として押し進めてきたのです」と解説する。
少子化による人手不足が現実となった現在は、物流や飲食などの産業が新たにロボットに注目し始めているが、あいにくロボットに豊富な知見を持つ業界ではない。そこで、ロボット システム インテグレーター(SIer)が中心となって、ロボット活用を進めようという取組みが最近始まったばかりだという。
「一方、福祉や医療などの分野では、専門の知識を持つSIerもいまだ皆無に等しい状況です。しかし同時に、この先需要が拡大することは確実であり、もっとも大きく伸びていく分野の一つでもある。成長領域と前向きにとらえて私たち関係者が知恵を合わせていけば、必ず道は開けていくと考えています」。
続いて油谷氏は、近い将来ロボットの社会導入には、情報システム管理・運用の視点が必要になると提言する。
「現在はまだ単体で使われている例がほとんどですが、この先たとえば100台が一緒に作業をする場合、100台を個別に操作するのは不可能です。台数が増えたら、それらを集中的に操作できる技術やノウハウが必要になってくる。また地震などの非常時に、一斉に動作を止められるか。人間の社会でロボットを活用する上では、こうした安全・安心のための技術がますます重要になってくるでしょう」
さらにロボットそのものだけでなく、周辺の環境も含めた「使い方」の整備が必要だ。油谷氏は、福島のロボット テスト フィールドで行われている、ドローンで郵便を運ぶ試みを例に挙げる。
「この場合、届け先の異なる荷物を混載することになるが、受け取る側が適切に受け取れるのか。また途中で盗まれたりしないか。さまざまなセキュリティや認証、決済の仕組みを考えなくてはなりません」。
そうした観点から、ロボット単体ではなく業務プロセス全体をまず考え、そのシステムの中にロボットを適切に位置付けていくことが大切なポイントだと、油谷氏は強調する。
「人に喜んでもらう」視点から新しい発想が生まれる
2つ目のテーマは、「導入における成功のポイント」だ。北河氏は「実際の社会導入にあたっては、技術や業務プロセスに加え、ロボットを受け入れる社会や人との関係をどう構築していくかという視点が欠かせません」と指摘し、好例としてNECがソリューションを提供している愛媛県西条市での例が挙げられた。
地域で独り住まいの高齢者と離れて暮らす家族の間を、コミュニケーション ロボットでつなぐ「見守り支援サービス」だ。サービスでは毎日、朝・昼・夕の3回、ロボットが高齢者の写真を撮影して家族に送る「見守り」や、家族と音声メッセージや写真をやりとりできる「コミュニケーション」、その他天気予報やニュースなどの情報提供や運動支援といった機能が提供される。2018年7~9月の3か月間で行った実証実験が好結果だったため、2019年1月から本サービスが始まった。
ソリューション側のプロジェクトマネージャーを務めた松田氏は、地域に受け入れられたもっとも大きな理由は、「収益が目的ではなく、人に安心して喜んでもらうロボット」という考え方だったと明かす。
「一般に世の中で言われるロボットは、省力化・生産性向上といった利益の実現を目的としています。しかしこの西条市のサービスにおけるロボットは、お金ではなく、お年寄りやご家族に喜んでもらうことを目的にした着想が新しく、かつ地域の方々に受け入れられたと自負しています」。
こうした社会的視点から生まれるアイディアこそが、ロボットが社会に浸透していく重要なカギになると松田氏は訴える。
一方で佐藤氏は、開発の最初の時点から採算性を考慮することが、成功のポイントの一つではないかと問いかける。
「私たちがロボット開発を始めた約40年前とは異なり、実用可能なレベルの技術が出そろった今日では、最初から採算を考慮したロボット作りが可能です。そうなればビジネスとして事業や業務プロセス全体を設計し、その予算計画の中にロボットを組み込んでいける。こうした『ロボットの事業化技術』といった発想も、今後ますます重要になってくるでしょう」。
実装におけるリスクバランスを開かれた場で議論する
3つ目のテーマは「活用促進における取組みと課題」と題して、現在進行中のプロジェクト事例が報告された。都筑氏は、愛知県が中部国際空港「セントレア」で進めている「ロボット ショーケース プロジェクト」を紹介する。これは2020年に愛知県国際展示場で開催予定の「ワールド ロボット サミット」を契機に、サービスロボットのショーケース化を実施し、社会実装につなげようという試みだ。
「空港内でサービス ロボットの実証実験を行い、そこでの経験をもとに県内のさまざまな施設や事務所におけるロボット導入や、効果検証の取組みを支援していくのがねらいです。研究者や本分科会の皆様の助言をいただきながら、2019~2020年度にかけて実現の方向を探っていきます」。
社会導入における実証実験は、言うまでもなく安全性を最優先に考えなくてはならない。だが一方で安全性を重視するあまり、新しい技術や応用の可能性をためらっていては前進できない。両者のバランスをいかに最適化するかが、活用促進には必要だと屋代氏は語る。
「このリスク バランス/リスク マネジメントを、どう判断・評価・実行するかが研究者に求められています。それには研究室の中だけにとどまるのではなく、できるだけオープンな場を設けて、さまざまな関係者の合意の中で議論を進めていく仕組みが必要です」。
加えてこれからは、ネットワーク社会を前提とした情報セキュリティもロボットに不可欠な機能の一つとして考えていくべきだと屋代氏は示唆した。
すべての関係者が力を合わせて議論と研究を重ねよう
4番目のテーマ「総括」では、フリー ディスカッションとして出席者によるさまざまな意見交換が行われた。そうした一連の議論を受けて北河氏は、「やはり社会実装を進めてゆく上では、技術開発はもちろんのこと、使いこなすための工夫が不可欠だと改めて感じました。それにはロボット開発者だけでなく、ユーザーとの間に立つ人々の教育や啓蒙が必要であること。また世の中のためになる技術を作るという気概と、企業としての採算バランスを計ることが重要なポイントとなるのは明らかです」と総括した。
最後に全体のまとめとして油谷氏が発言に立ち、安心・安全に社会で活用できるロボットを開発していくには、①リスクのマネジメント=危険回避やセキュリティの確保 ②何のためのロボットか?という目標=人に喜んでもらうことが大事 の2点が必要であることを確認した。
「今日のディスカッションでは、多くの貴重なヒントをいただくことができました。さまざまなアイディアを技術者や、ベンチャーを含むさまざまな企業が出し合って研究・研鑽を重ねることが、より良い社会実装につながると確信しています」。
OGC としても、こうした取組みに積極的に貢献していくために、これからも共に議論を重ねようと油谷氏は力強く呼びかけ、パネルディスカッションを締めくくった。
(ライター・工藤 淳)