地域におけるウェルビーイング実現の取り組みを
LWC指標による可視化など、デジタル活用でさらに推進
パネルディスカッション『デジタル田園都市国家構想におけるWell-beingの実現を考える』
【パネリスト】
室井照平 福島県・会津若松市長
鈴木康友 静岡県・浜松市長
前野隆司 慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授、慶応義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長
高橋範光 一般社団オープンガバメント・コンソーシアム理事 / 株式会社ディジタルグロースアカデミア 代表取締役社長
【モデレータ】
南雲岳彦 一般社団法人オープンガバメント・コンソーシアム理事 / 三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 専務執行役員
(敬称略)
「デジタル社会をどう実現するか?」をテーマに開催された、「OGCシンポジウム2022」。続くコロナ禍の中、今年は久々に東京・永田町の全国町村会館ホールで行われた。「デジタル田園都市国家構想」のもと、デジタル活用の方向性や成果をどのように人々の生活に適応させていくかが大きな課題になってきている。最終プログラムとなったパネルディスカッションでは、「地域社会におけるウェルビーイング(Well-being)の実現」に向けて、その定義や位置付け、自治体における取り組み事例などをもとに盛んな議論が交わされた
ウェルビーイングは地域における健康や幸せ、福祉の度合いを測る重要な指標
ディスカッションに先立って、前野氏から「地域におけるウェルビーイングとはどういうことか」という、定義や具体的な内容について説明があった。同氏は、ウェルビーイングという言葉には「健康」「幸せ」「福祉」といった3つの意味があると言う。
「もともとこの言葉はWHOによる広い意味での『健康』の定義ですが、身体の良い状態が健康で、心の良い状態が幸せ、そして社会の良い状態を福祉と呼び分けています。それを踏まえて私は、ほぼ『幸せ』に近い意味でウェルビーイングという言葉を用いています。もちろん今日のテーマである、地域におけるウェルビーイングにも、健康や福祉は含まれると考えてよいでしょう」
日本政府が推進する「デジタル田園都市構想」では、ウェルビーイングはサステナビリティやイノベーションと並んで、地域の「幸せ」の度合いを測る重要な指標とされている。幸福学の研究で知られ、デジタル庁のウェルビーイング計測委員会の座長も務める前野氏は、「色々な地域と連携しながら、ウェルビーイングをいかに定量化した上で計測し、地域ごとに特徴ある形で高めていくかを、この先も積極的に議論していこうと考えています」と語る。
では具体的にどのように、地域のウェルビーイングを客観的な数値として測っていくのだろうか。その軸となるのが「地域生活のウェルビーイング指標」だ。この指標は前野氏の所属する慶應義塾大学大学院を始めとする複数の大学によって開発されたもので、30項目・30問の質問によって、その地域における「幸せ」に関連した状況や特徴を把握できるという。
ここで大事なのは、計測結果を他の自治体や地域と比較して優劣をつけるのではなく、あくまで自分たちの自治体の強みや弱み、他にない特徴を明らかにするのが、指標を用いる目的だと前野氏は念を押す。
「人間の健康診断では、自分が健康であるために健康状態を測り、その結果を自分をもっと健康にするために使います。指標も同様です。私たちのグループ以外からも多彩な指標が提供されているので、自分たちに合ったものを選んで、とにかく一度、全ての項目について測定してみてください。くまなく全体像を把握することが、地域のウェルビーイングへの取り組みの第一歩となるでしょう」
ウェルビーイングの指標を企業に当てはめてみた場合、幸福感が高い社員は創造性も生産性も高く、なおかつ欠勤率や離職率も低いという。「地域の場合もまったく同じで、幸福感が高い人は仕事もできるし、地域活動や趣味などのコミュニティ活動でも生産性が高く、事故やミスといったマイナス要因が少ないことが明らかになっています」と前野氏は言い添えた。
LWC指標を用いると、社会的なつながりや環境共生も含めた幸福度が測れる
前野氏のウェルビーイングについての説明を受けて、南雲氏はその具体的な計測指標であるLiveable Well-Being City指標(LWC指標)を紹介する。これは「デジタル田園都市国家構想」において、地域におけるウェルビーイングを計測するために、南雲氏が専務理事を務める、一般社団法人スマートシティ・インスティテュート(SCI-Japan)によって開発・普及が進められてきた、わが国独自の指標だ。
「従来からスマートシティ導入の目的は、市民の暮らしやすさや幸福感の向上だと言われてきました。とはいうものの、その定義や測定方法は曖昧なままでした。さらに近年は経済成長が鈍化し、経済とは別の、社会とのつながりや環境共生も含めて幸福度を測るように変わってきた。それを仕組みとして実現したのが、LWC指標です」
LWC指標には、2つの重要な基本概念が置かれている。1つは、もちろんウェルビーイングだ。そしてもう1つが、「健康の社会的決定要因」だという。例えば今コロナ禍で多くの人がマスクをしているが、これは周りの環境(コロナ禍)が人々にそういう行動を取らせているからだ。このように、人々の生活は常にそれを取り巻く環境の中に埋め込まれている。
「具体的な政策それ自体は、ウェルビーイングという人々の頭の中にある幸福のイメージや考え方に直接関与できません。そこで人々を取り巻く環境に対して政策を展開していき、その結果がどんな個人の主観的な幸せにつながっていくかを測り、また次の政策にフィードバックしていく循環を確立する必要があると考えています」
計測にあたって1つ注意すべきは、データを重視するあまり、データのみを見てウェルビーイングの実態と思わないことだと、南雲氏は釘を刺す。
「むしろ地元の皆さんが肌で感じている実感の方が重要で、その裏付けをデータで確認するくらいの感覚で見るのが良いでしょう。そこから市民の幸福感向上のストーリーを抽出・可視化して、市民の皆さんに言語化した上で共有していく。そしてそれを何年後かに、また定量的に測って進捗を評価するといった取り組みが必要です」
2つの自治体の取り組みに見る「地域におけるウェルビーイング」の実践例
セッション中盤では、地域におけるウェルビーイングの推進に取り組んでいる、浜松市と会津若松市の市長が、それぞれの取り組みについて紹介した。
浜松市長の鈴木氏は、同市は広域な市域に都市部から山あいの過疎地域までを有し、日本の自治体の全てが持っている社会課題を包含していると紹介。「その意味で、浜松市でデジタルを活用して持続可能な都市モデルを確立できれば、日本全国のモデルになれるという思いで取り組んでいます」と意気込みを語る。
浜松市をLWC指標から見た場合、「家族や地域社会とのつながりが共に強い」「自然環境が豊かで環境共生の取り組みが進んでいる」という2つの特徴がある。また自治会加入率が96%と圧倒的に高く、地域コミュニティが非常にしっかりしている点にも注目だ。恵まれた条件のもと、同市ではデジタル田園都市国家構想に基づき、都市の利便性と田舎の住みやすさを併せ持った郷土の魅力を、デジタルの力を活用し、一層高めようと考えていると鈴木氏は語る。
「これまでも、都市と自然が一体化して住みやすいとは思っていましたが、今後はLWC指標というツールを用いて、定量的かつ客観的に可視化していくことができます。こうした指標を用いて、浜松の強みをさらに強く、また弱いところを補強していく。その取り組みを通じて市民参加型の合意形成プラットフォームも活用し、皆さんと一緒に市民の幸福感あふれるまちづくりを進めてまいります」
続いて登場したのは、会津若松市長の室井氏だ。同市は1990年代初頭から、情報化の進んだ街づくりに取り組み、2011年の東日本大震災を契機にスマートシティへの取り組みを本格的にスタート。その後もスマートシティを市の最上位計画である総合計画全体のコンセプトとして掲げたり、都市OS「会津若松+」の整備など、先進的な取り組みを続けてきた。
「デジタル田園都市国家構想推進交付金TYPE3には、全国6市が採択されている中、会津若松市は、東北では唯一の採択例となっています。これまでもスマートシティの12分野について取り組んできた中で、今年度は食農、決済、観光、ヘルスケア、防災、行政の6分野を中心にウェルビーイングの測定を進めていきます。2022年10月をめどに市民向けサービスの一部を開始する予定ですので、ぜひ最先端のサービス事例をご覧いただきたいと願っています」
ウェルビーイングの実現に向けた具体的な施策を進める中で、室井氏は2つの事例を紹介する。同市では、市民に対してデータ収集やサービス内容について説明し、同意を得た上でデータ収集・活用を行う「オプトイン型によるパーソナルデータ利活用」を推進している。その事例の1つ目が、ヘルスケア分野だ。
「これは会津若松市が最重点分野に位置づけているもので、市民の皆さんがさまざまな医療機関で受けた検査や投薬の記録、あるいは家庭の血圧計で測定した記録など、従来はバラバラに保管されていたデータを、一元化して閲覧できるプラットフォームを構築する試みです。この取り組みを市民の健康寿命の延伸や、地域医療の負荷削減につなげていこうと考えています」
2つ目の事例は、食と農業の分野だ。地域の農産物の需給調整を地域内で調整するプラットフォームを構築している。
「需要側にとっては、生産者の顔が見える安心・安全な農産物が手に入る。供給側には、中間マージンや配送コストを抑えて所得向上につながるという形で、広くウェルビーイングの向上を目指しています。今後はこれらのKPIを測定して、さらに改善につなげて行く予定です」
未来を支えるデジタル人材の育成を始め、自治体職員や住民への教育も推進
この先、各地の自治体がウェルビーイングへの取り組みを進めるにあたっては、多彩な専門知識を持った人々、とりわけデジタル人材の育成が急務だ。一般社団法人オープンガバメント・コンソーシアム(OGC)理事であり、同デジタル人材育成分科会で主査を務める高橋氏は、同分科会の3つのターゲットについて紹介する。
1つ目は、「アーキテクト/DX人材:高度デジタル人材の役割整理」だ。具体的には、デジタル田園都市国家構想における230万人のデジタル推進人材の育成、アーキテクト人材をより多く育成していくといった課題を主に話し合っている。またOGCでは、会津若松市の会津大学でも、データサイエンティストの育成などを担当している。
2つ目は、「自治体職員:地域DX/スマートシティのためのデジタルリテラシー教育」である。スマートシティを推進していくにあたり、重要なポイントとして、その自治体職員がいかに取り組みを自分ごととして捉え、進めていくかが挙げられる。高橋氏は、「現在浜松市職員のデジタル人材育成を5年間にわたって担当させてもらっています」と実績を語る。
3つ目は、「住民/市民:デジタルリテラシー底上げに関する教育方針」だ。ウェルビーイングの取り組みにおいても、一人ひとりの国民が幸福を実感するために、デジタルをどのように活用していくのかは基本的な課題だ。
「そこで各地域で最適かつ的確な技術やサービスを選択可能にするために、正しい理解や知識を学んでいただく方法を、今まさに議論しているところです」
セッション終盤ではこれまでの発表を振り返りながら、パネラー全員による質疑応答や、2人の市長から今後に向けた展望などが紹介され、活発なディスカッションが行われた。
また最後には、前野氏が「日本中の人々が幸福を追求する権利を持っているのに、従来はその状況を定量的に測ることができませんでした。それがまさにデジタルの力で正確に測れるようになって、人のためのデジタル、人間くさいデジタルが実現し、日本の社会が良くなっていくと期待しています。ぜひ皆で力を合わせて、すべての人々が幸せな世界を作っていきましょう」と力強く呼びかけ、パネルディスカッションを締めくくった。
(ライター・工藤 淳)