「市民目線に立った行政サービス」を最終目標に
一過性の取り組みに終わらせない本気のチャレンジを
OGCシンポジウム2023(2023年11月27日(月)/東京・新橋)
パネルディスカッション「自治体DX成功へのシナリオ」
<パネリスト>
池田宜永 氏:宮崎県都城市長
小川久仁子 氏:総務省参事官(総括担当 サイバーセキュリティ統括官付)
山口功作 氏:一般社団オープンガバメント・コンソーシアムフェロー、DXアーキテクト、
かがわDX Labフェロー、合同会社側用人代表社員
<パネリスト 兼 モデレータ>
高橋範光 氏:一般社団オープンガバメント・コンソーシアム理事、
株式会社ディジタルグロースアカデミア 代表取締役社長
市民のニーズが多様化・複雑化する一方で、自治体の組織的・人的リソースには限りがある。この状況を打破して、より質の高い行政サービスを実現するためにも、自治体DXの推進は最も重要な課題のひとつと言えよう。その実現の「シナリオ」をどう描いていくのかをテーマに開催された、今回の「OGCシンポジウム2023」。最終プログラムとなったパネルディスカッションでは、国や自治体の最前線で活躍中のキーパーソンを招き、自治体DX推進のポイントや、各自治体での取り組み事例などをもとに、さまざまな議論が交わされた。
「DX・ウィズ・セキュリティ」の推進でサイバー空間の守りを強化
セッションの冒頭では、パネルディスカッションに先立って、わが国における自治体DXを進める上でも重要なサイバーセキュリティの現状について、総務省参事官としてサイバーセキュリティ分野を担当している小川久仁子氏から説明があった。同氏は、サイバーセキュリティの状況として、世界中から無差別の攻撃が日本に対しても行われている事実を紹介。すでに公共空間となっているサイバー空間を守るためには、「サイバーセキュリティ・フォー・オール」=誰も取り残さないサイバーセキュリティの確保が極めて重要だと訴えた。
「その実現には、DXとサイバーセキュリティの同時推進、すなわち『DX with Cybersecurity』の実践が極めて大切です。総務省では2023年8月に、『ICTサイバーセキュリティ総合対策2023』を公表して、より具体的な取り組みへの指針を提示しています」
小川氏は、その中でも自治体DX推進に向けてとりわけ重要なテーマとして ①サイバーセキュリティの人材育成 ②スマートシティのセキュリティガイドライン ③IoT機器へのサイバー攻撃が非常に深刻化していることへの対策 の3つを挙げる。
「サイバーセキュリティの人材育成は非常に重要と考えていて、国や地方公共団体の方々を対象にした実践的サイバー防御演習(CYDER)を、全国で年間100回・約3000名の規模で実施しています。2017年以降、通算で2万人近い方がすでに受講されました」(小川氏)
スマートシティのセキュリティガイドラインについては、ガバナンスやサービス、また都市OSのリスクアセスメントにもとづく外部からの攻撃やインシデントの発生防止、および対応策、さらにはIoT機器などのアセット管理、サプライチェーン管理などについて、それぞれまとめられているという。
またIoT機器へのサイバー攻撃対策では、臨時国会におけるNICT法改正により、IDパスワードの脆弱性に対する注意喚起とともに、脆弱性調査の強化や関係者への情報提供・助言機能の充実などの施策を総合的に推進していく。現在800件近い自治体に無償提供中の、対サイバー攻撃アラートシステムDAEDALUS(ダイダロス)の提供拡大も引き続き進めていくと小川氏は語った。
続いて、地方自治体の取り組み事例として、香川県で「かがわDX Labフェロー」を務める山口功作氏が登壇。香川県高松市のスーパーシティ構想の実践で、部署横断組織として発足した、高松市スーパーシティ準備チーム「高松DAPPY(ダッピイ)」を紹介した。「部署の意見にこだわるのではなく、一市民として意見を出す」という意識への「脱皮」を目指した名称とともに、市長直下にチーム編成され、庁内公募で参加したメンバーによる取り組みが進んでいると、山口氏は明かす。
「2022年からは、これを県全体に広げていこうという意図で、かがわDX Labが発足し、全市町に加えて民間企業も参加した体制で活動しています。エリアマネジメントというのは、官民共創で進めていかなくてはなりません。そのための基本理念を設定して、その軸からぶれないこと。また実証のための実証に終わらず、確実に実装までを目指すことをモットーに取り組んでいます」(山口氏)
大事なのは、市民の目線で見たメリットを実現するためのアイデア
パネルディスカッションでは、3つのアジェンダに沿って議論が進められた。
1つ目の「自治体DX/スマートシティの目指すもの~住みたい街とは~」では、最初にOGC理事の高橋範光氏が、改めて自治体DXの定義を確認。その上で、自治体DXには行政DXと地域DXの2種類があることを指摘した。
「まず行政DXというのは、市民にとっていろいろなことが楽になること。市民にとっての利便性の実現です。たとえば病院や市役所で、今までは長時間待たされたり窓口をたらい回しにされていたのが解消して、すぐに手続きができるといった改善を指します」(高橋氏)
これに関して山口氏は、市民が必要なものやサービスを自分で使って、目的を達せられるDXの設計が必要だと示唆する。
「例えば市民の誰かが会社を作りたいと考えた時に、役所のホームページを見て手続きを『教わる』のではなく、ウェブサイト上のサービスを使って『自分で』法人設立まで完結できる。そういう設計ができるように、行政の組織が変わっていかなくてはなりません」(山口氏)
その意味で、いわゆる「書かない窓口」=手続きを全て役所側が行うのも、行政DX推進という観点では違うと山口氏。それは、どうしてもアナログでしか手続きできない人のために、「最後の手段」として提供されるサービスだという。これには高橋氏も、行政としてはアナログ作業を代わりにやってあげるのではなく、市民が自分でデジタルを活用できる方向に制度設計していくべきだと賛意を示す。
「ふだん行政DXと呼んでいますが、実は大事なのはデジタルよりもアイデアなのです。市民目線で市民のメリットをどう設計するかが主題であって、そのためのアイデアを実現できる仕組みづくりに、デジタルを活用していくのです」(高橋氏)
もう一方の地域DXとは、いわば「自治体や地域の魅力」だ。単に行政DX=役所のサービスが良いだけでは、その土地に住もうとは思わない。もっと何か住みたいと思える魅力を創出することだと高橋氏は強調。それに対して、宮崎県都城市長の池田宜永氏は、「例えば新しい価値の創造にDXを活用して、街の魅力を引き上げていく。それを都城市で実現するために、私が市長に就任して決めたのが、『肉と焼酎のふるさと』というコンセプトでした」と明かす。
都城市は、過去4度、ふるさと納税寄附受け入れ額で日本一を達成した実績が知られている。その原動力となったのが、特産の肉と焼酎だった。同市ではこの推進にふるさと納税の特設ウェブサイトを開設し、ワンストップ特例申請のアプリを開発する等、全国の寄附者からのアクセスのワンストップ化などの試みをこの10年間行ってきた。それが現在の成果だと、池田氏は振り返る。
「役所でよくあるのが、1~2年試みて、やったつもりになって終わってしまうパターン。これが一番良くない。私は『お金と時間のムダ』として、堅く禁じています。諦めずに長く続けて取り組んで、ようやく評価すべき成果につながります」(池田氏)
トップが「失敗しても大丈夫」と呼びかけて、現場の意欲を引き出す
アジェンダの2つ目は、「自治体DX実現に向けた『実証から実装に向けてのポイント』~一過性の取り組みにしないためには~」だ。自治体ではさまざまな企画についての実証を行うが、いざ実装に入ると力尽きてしまう例が少なくない。これを高橋氏は、「いわゆるPoC倒れという状態に陥る。実証中の小さな取り組みでは順調にいっても、実装に入ると全市民が対象になり、課題もコストも急に増えて手に負えなくなるからです」と説明する。
では、自治体DXが一過性の取り組みにならないためには、どのような点に留意していけばよいのだろうか。小川氏は、対象となる地域住民とのコミュニケーションが重要だと指摘する。自治体DXでは、住民のセキュリティやプライバシーに関わる膨大なデータを扱うことになる。これについての詳細な説明がなければ、人々の不安や不信につながりかねない。
「スマートシティと言ったときに、市民のメリットを説明するのは大切ですが、同時にセキュリティやプライバシーにも配慮していることを具体的に説明し、伝えていくことが、地域に根ざしたサービスとして住民に安心して受け入れられる重要なポイントではないかと考えています」(小川氏)
こうした地域の人々に対する配慮は大切だが、その一方では新しい試みに次々とチャレンジしていく積極性も求められる。都城市では令和3年度以降、100件以上の新規事業が立ち上げられてきたというが、その原動力は何だろうか。池田氏は、首長や管理職が「失敗しても大丈夫」と現場に発信していくことが必要だと語る。
「とかく役所は『失敗が許されない』文化なので、誰もチャレンジしなくなるんです。だから、新しいことをやろうと呼びかけるのは当然ですが、それ以上に『失敗したら大変だ』という心理的な障壁を取り除くのが、われわれの立場の仕事かなと思っています」(池田氏)
池田市長のもとで、都城市ではここ数年で20件以上のデジタル関連の実証プロジェクトが実施され、実装まで進んだものも多い。そうした成果が評価され、国から実証事業への参加を打診されたり、こちらから積極的に手を挙げてチャレンジする姿勢が、現在の「新規事業100件」につながったのではと池田氏は自負する。
「デジタル人材育成」の前に、まず市民目線を備えた「人材育成」を
3つのアジェンダの最後は、「自治体DXの主役の一人である職員の人材育成~職員の意識変革に向けて~」だ。高橋氏は、「システム構築などの発注・管理にしても、また例えば河川の監視カメラなどのIoT機器のセキュリティ管理にしても、自治体DXにはある程度の能力を持った人材が不可欠」と切り出し、自治体のDX人材育成の取り組みについて尋ねた。
これに対して池田氏は、「デジタル人材育成」の前に、「人材育成」があると示唆する。自治体DXにしても、その根本には市民目線で何を実現すべきかのフィロソフィが不可欠だ。デジタル人材という前に、市の職員として、また人としてどうあるべきかが固まっていないと、どんなデジタルを乗せても乗らないと池田氏は強調する。
「だから、私はデジタルに詳しいわけでもないけれど、そういう思いを直接職員に話し続けています。例えば職員研修がある時は、必ず1時間くらい時間をもらって話す。もう完全にアナログの世界ですけど、その思いを伝えていかないと絶対に続かないし、市民のためのDXになりません。一方で、デジタルの高度な知識が必要な場合は、外部人材も含めた専門家を積極的に引き入れていくことも大事です」(池田氏)
これについて小川氏は、「総務省でも、βモデルに移行する場合には、ゼロトラストアーキテクチャによる対応を推奨していますが、そのためには相応の運用ノウハウが求められてきます。そのすべてを自治体職員が背負うのではなく、セキュリティベンダーを始めさまざまな外部のパートナーの力を借りて進めていく。このようにセキュリティがますます高度化していく中で、職員の方の発注能力を高めていくことが必要でしょう」と示唆した。
この他にもさまざまな意見、提案がなされ、ディスカッションは大いに盛り上がった。最後に高橋氏は、「自治体DXの推進にあたっては、根本に市民にとって『良いこと』を実現するフィロソフィがあり、そのためにデジタルを活用していくこと。それにはセキュリティやプライバシーに配慮し、市民とのコミュニケーションを重視すること。そして、そのための能力を持った人材を育てていくこと。まさに本日のアジェンダの重要性を、改めて確認できたことを嬉しく思います」と評価。「皆が一丸となれば、必ず成功できます。引き続き本気で取り組んでいきましょう」と力強く呼びかけ、パネルディスカッションを締めくくった。
(ライター・工藤 淳)