地域の人々と対等な立場で意見を交わし合い
デジタライゼーションによる地方創生と日本再生を目指そう!
パネルディスカッション「デジタライゼーション~デジタル前提の社会とは?」
【パネリスト】
太田直樹 総務省 政策アドバイザー
奥田直彦 内閣官房 情報通信技術(IT)総合戦略室 参事官
佐々木啓介 経済産業省 商務情報政策局 商務・サービスグループ 参事官
平山雄太 世界経済フォーラム 第4次産業革命日本センター スマートシティ担当、福岡地域戦力推進協議会 シニアフェロー、名古屋大学学術研究・産学官連携推進本部客員准教授
【モデレータ】
中村彰二朗 OGC代表理事、アクセンチュア・イノベーションセンター福島センター長
(敬称略・五十音順)
「日本のナショナルアジェンダをデジタライゼーションで乗り切る為に!」をテーマに、わが国の政府のキーパーソンや専門家によるセッションが披露された「OGCシンポジウム2020」。締めくくりのパネルディスカッションでは、少子高齢化による人口減少や一極集中による地方産業の弱体化など、日本が直面する課題を社会全体のデジタライゼーションによって解決する=デジタル前提の社会をどう構築するかについて、活発な議論が交わされた。
技術に目を奪われず人々の望むサービスのデザインを考える
セッションの冒頭では各パネラーから、デジタライゼーションの実現に向けた現在の取り組みが紹介された。全国各地方でスマートシティのブランディングを手がけている太田氏は、「未来をつくる方程式」として「技術×願い×デザインの掛け算」を挙げる。
「デジタライゼーションを、たとえばスマートシティにしても技術だけに着眼していくと、どうしても取り残される人たちが出てきます。たとえば2019年、イギリスは急速にキャッシュレス化を進めて成功を収めた反面、14%の人々が取り残された点を指摘されています。日本もこういうデザインをきちんと考えていかないと、プロジェクトの進行につれて取り残される人々が出てきてしまいます」。
これが人々の生活に直結するモビリティやヘルスケア、教育などの分野なら、なおさらだ。スマートシティを考える際には、データ利用やAI活用だけに目を奪われず「人々がどんな生活を願っているのか」、「デザイン思考的なアプローチ」を掛け合わせた取り組みが不可欠だと太田氏は指摘した。
続いて登壇した奥田氏は、政府としてのデジタライゼーションの柱として、2019年12月に閣議決定された「デジタル・ガバメント実行計画」を示し、ここで提示された各項目について着実に実行していく立場であると述べる。この項目の筆頭に挙げられているのが、「サービスデザイン・業務改革(BPO)の徹底による行政サービス改革」だ。これまでも同様の取り組みは行われてきたが、従来はデジタイゼーションだけを追求してきた結果、思うような結果につながらなかったと奥田氏は振り返る。
「これからは、『すぐに使えて簡単で便利な行政サービスを目指す』。つまり、わかりやすい言葉で、技術そのものよりも人々にどんな恩恵を提供できるかを明確に示していきます。その実現には、政府だけでなく地方や民間と一体となって取り組み、国民の皆さんのニーズに応えていくことが重要だと考えています」。
そうしたデジタル・ガバメント実現のための基盤を各官庁の横連携で構築し、政府CIOによる一元的なプロジェクト管理の強化を進めたいと奥田氏は明かした。
スマートシティは日本のデジタル・エコノミー化の突破口
経済産業省の佐々木氏は、これまでの官民による取り組みの大きな反省点として、デジタライゼーションを急ぐあまり、表層的に終わってしまったケースが多いのではないかと疑問を投げかけた。その典型がデジタルトランスフォーメーション(DX)だ。これまでPCで提供していたサービスを、ともすればインターフェースだけスマートフォンに変えて「こと足れり」としていたという指摘は、会場からも大いに共感を呼んだ。本来ならば業務プロセスそのものを見直した上でIT化を図るべきなのに、業務フローを変えずにデバイスだけを刷新する繰り返しだった。デジタライゼーションにおいてもその轍を踏むのではないかというのが、現在の懸念だと佐々木氏は語る。
さらにもう一つの課題が、アジアにおける日本の元気をいかに取り戻すかだ。経産省ではアジアで急速に進むデジタル・エコノミー化に、わが国がキャッチアップしていくための取り組みをすでに始めているという。
「アジアでDX領域に実績を挙げている人々と、日本の企業が組んで外の空気に触れ、みずから世界に乗り出していくきっかけ作りができないか。そうしたチャネルの一つとしてスマートシティもぜひ加速していきたいと願っています」。
4人目のパネラーは、世界経済フォーラム第四次産業革命日本センターの平山氏だ。同センターは世界経済フォーラムと日本の経済産業省、一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブの連携で創設されたジョイントベンチャーだ。新しいテクノロジーが世の中に浸透していく際には、政府によるトップダウンだけでなく、市民のニーズを知り、いかに彼らの合意を得ながら進めていくかが重要になる。そうした市民の目線に立って官民協調を進める目的で設立されたのが、このセンターだと平山氏は紹介する。
「現在世界中の各地でスマートシティが立ち上げられていますが、しばしば見られるのが技術的な問題よりも、むしろプライバシーに対する配慮の規定や、AIを使って人々の行動を把握するといったことに、どう市民の合意を得るか。つまり、テクノロジーガバナンスに関する課題です」。
このテーマについて議論する場所として、2019年には日本政府がG20議長国としてリードしながら「G20 Global Smart Cities Alliance」が立ち上がっており、2020年も、サウジアラビア政府が議長国としてこの活動をサポートしていくと、平山氏は語る。
リスクを取って社外に踏み出し地域との関係性を築こう
セッション後半のディスカッションでまず中村氏は、アジアの中で日本の企業の生産性が低くなってしまった原因には、日本企業の組織と人の関係があるのではないかと疑問を呈した。
「たとえば私が長年携わってきた『スマートシティ会津若松』でも、視察に来た大手企業の皆さんと議論すると、とても元気でどんどん意見が出る。それが東京で再会すると、その元気がほとんど感じられません。これはなぜなのでしょうか」。
これに対して佐々木氏は、アジアのスマートシティ関連シンポジウムに参加した際、日本企業からの参加がまったくなかったことに衝撃を受けたと明かす。
「他のアジアの国からは、ビジネスチャンスを探って大勢詰めかけて来ていました。もちろんリスクが高い部分があるのは確かですし、それが東京=会社の中にいるといろいろな面で自己抑制をかけてしまうのでしょう。そこで私たちも社外に出島を作るとか、ベンチャー的な別組織を立ち上げて本社に刺激を与えてはどうかといった提案をしていますが、正直なところそれでは追いつけないという危機感があります」。
人生100年時代、素晴らしい能力や経験を持った日本企業の人々と力を合わせて、ぜひもう一度勝負に出たいと佐々木氏は意気込みを見せる。
一方、太田氏はスマートシティを契機に、県民や市民、町民といった定義が変わる可能性を示唆する。同氏が現在ビジョン検討会のメンバーを務めている群馬県では、県民の定義そのものを変えていこうと考えているという。従来は県内に住んでいる人、住民票を持っている人だけが「県民」だったが、域外から観光や仕事で来る人も含めていろいろな人が「県民」だというわけだ。物理的な居住や移動だけでなく、ネットワーク経由で群馬県のサービスにIDを登録していれば、それも立派な「県民」だ。そうした考え方を広げていくことで、人々の関係性も大きく進化し、スマートシティの設計にも変化をもたらすと太田氏は言う。
「たとえば会津では、ある大手メーカーの人と一緒に仕事をしていますが、その人は企業の人間であると同時に、一個人としても会津若松の人々といろいろな関係を築き、新しいことを始めています。こういう経営用語でいうところの『越境人材』を増やすことが、デジタライゼーションのブレイクスルーにつながると考えています」。
市民による地域や住民のためのデジタルイノベーションを!
セッションの終盤では、デジタライゼーションの最重要課題の一つである「ガバナンス」について意見が交わされた。中村氏は20世紀の情報ガバナンスのモデルを「政府対国民や、企業対クライアント」のようなヒエラルキーを伴うものだと指摘し、その上で今後市民を巻き込んだ街づくりを進めるためのガバナンスは、むしろ対等な関係を要求してくるのではないかと問いかけた。
これに対して平山氏は、そのようなガバナンスモデルは世界的に見てまだ非常に少ないとの見方を示す。たとえばニューヨーク市はそうしたガイドラインを提供していて、世界100都市くらいが批准しているが、実際に全ての都市が活用しているとは言いがたい。またカナダのトロントではGoogleの子会社がスマートシティプロジェクトで注目を集めたが、すべてのデータをGoogleが管理することに、市民から大きな批判が起き、計画は大きく変更されている。
「解決のために私たちの米国チームも加わって議論を進めていますが、これからのガバナンスは市民との対話や合意形成が不可欠である象徴的な例だといえます」。
こうしたガバナンスのあり方について奥田氏は、今後、行政主導から市民主導に移行していく過程で、従来の自治体システムの共通化などとは異なったレイヤでの「デジタルローカルガバメント」的なシステムが必要になると予測する。これまでの大企業が提供するシステムならば日本全国や世界規模で標準化できるが、むしろこれからは「ユーザーにとっての生活圏はどこまでか?」といった眼差しが求められてくるというのだ。
「たとえば高齢の方だと自分の街だけで完結しているので、それに最適な範囲や形でシステムを設定しないと、一律の共通化と結果は同じになってしまいます。そこでこれまでの政府主導からマインドを切り替え、国民、住民の皆さんの話を聞いた後に政府はどう動くのかというスタンスに私たちも変わりつつあります」。
最後に中村氏は、スマートシティによる地方創生を実現する上で必要な8つの要件を掲げ、「市民による、地域や後の世代のためのデジタルイノベーションであり、市民一人ひとりのデータを尊重したガバナンス体制を構築した上で、地域間連携や都市OSによる標準化を実現する。この体制の上で、デジタル社会で必要とされるデータを日本の発展のために各人が提供していくことが求められているのではないでしょうか」と訴え、1時間半にわたるディスカッションを締めくくった。
(ライター・工藤 淳)